「三月の5日間」の演奏体験より――赤坂太輔

「そしたら時間見たら三日目の午前中、十時とかだったんだ、すごい二日目の夜くらいだと思ってたんだけど、でもそう言ったら、「あ、私もそれくらいだと思ってた」って向こうも思ってて、「私なんかこういう、時間が思ってたのと全然違う、みたいなことすごいたまにあるでしょ、すごい好きなんだよね」とか言ってて、あ、そうなんだとか思って・・」




劇中で時間を示されたり言われたりすればするほど、場所や方角を示されたり言われたりすればするほど、観劇中のこちらは時間や場所や方向の観念を失っていく。それは芝居に入る前に山口真由の口上の中で、これから演じるのは、岡田利規の戯曲でありその劇団チェルフィッチュによって2004年に上演された、だからそれはちょうど20年前のことであり、その翌年2005年には岸田戯曲賞を受賞し・・・舞台は2003年、アメリカ軍がイラク空爆を開始した、2003年の3月20日を挟んだ、3月の5日間の・・・と宇宙服をイメージしたらしい衣装と何やら無重力的なふわふわした緩やかな動きを伴いながら語られていくのを聞いていく時間の中ですでに起こっている。それを聞くうちに、こちらまでふわふわとした気分に包まれ、あれは200?年だったのだろうか?イシハラくん?ミノベ?と固有名詞に惑わされ、「渋谷の、マークシティの階段があるところの、こ~降りてくるところの、岡本太郎の壁画があるところの、こ~降りてくる・・・」と、数字に加えて身振りによる反復を織り込まれた説明ならぬ説明を聞いていく過程で、我々は逆に、聞き覚えのあるはずの具体的な人や場所の名前を、何か山口氏の声で語られることによって出現する見知らぬ何かとして知覚するかのようにさえ思ってしまう。

その時、銭湯だったらしい劇場空間(ちょっとアンドレイ・タルコフスキーの映画『ノスタルジア』を思い出させる)が、どこか知らない迷路空間として立ち現れる。照明が落とされ、赤い小さな光と共に沈黙が、そして、ポツポツと、また語る声が、渋谷のデモの様子を描写していっているのだが、「3回くらいで 疲れて寝ちゃうじゃないですか 寝ちゃうじゃないですか じゃあ自分も寝よおーって 寝るでしょ それで 2時間くらい・・・」と、「寝る」の反復とポーズと数とが、時間経過や数を数えるといった行為を観客に放棄させる。こちらは、甲高い声の「チョー楽しい 渋谷が渋谷でないみたい」の後で低くボソッと語られる「渋谷が渋谷でないみたいな感」のように、高音と低音で繰り返されるフレーズとして、かろうじて言葉を耳に残らせていくばかりだ。

舞台写真

そしてその声が、イスラエルによって2025年も続けられている2003年のパレスチナ人の虐殺への抗議デモの描写へと移り、照明が青く薄暗い空間の中で、山口氏がゆっくりと歩み出すが、それは宇宙遊泳の軽さではなく、デモ行進の遅い歩みを模倣するかのようであり、客席の後方をぐるっと回って前のステージに戻ってくるまで、語り続けながら(ここでも伸ばした語尾が耳に残る)、彼女の歩みは止まらない。(そしてこの歩みも後で反復される)突然バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」が流れてきて金の心配をし始めるカップルのやり取りの段になると、やにわに山口氏はセリフを述べながら、腰掛け用の四角い箱や電気スタンドを運ぶために往復する。そして再び照明が落ちて赤一つになり、そしてクラブの中にいるように赤や青や緑へと変わる、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの映画に出てくるミラーボールのような短冊模様の中、スローモーションで踊る若者たちのように身体をくねらせながら、しかし山口氏の語りのトーンは変わらない・・・といった圧巻の重層的なリズムの中で、彼女は寝転がり、声はエコーがかけられ、自問自答のセリフへと続いてゆく。

舞台写真

「覚えてないってことは、どういうことなんだろう」
再会しないことを願うつぶやきから再びの渋谷デモへのボヤキへと台詞とともに薄暗さとバッハと歩みのリピートは、これまた赤い小さな光と闇の中での、遠くに消えていく声へと収斂していく、と確認できるのは、実を言うと録画された劇の素材を確認しているからで、本当のところは、終演後を思い返せば、幾重にもなるリピートと闇と光の色の中を、声に手を引かれておぼつかない歩みで旅をしたような、そんな感覚が残っていたはずなのだ。そして、こうした感覚は、かつて映画の世界にも残っていたが、もうとっくに消えてしまったような気がする。フィルムで撮られた映画が、再生機器が普及する以前の時代に、映画館へ行けばイメージでできた虚構の旅路を体験できた時代が失われてしまい、舞台だけがその虚構の感覚を作り出し続けられる、それは再生機器のイメージでは確認できない、その場所にいた者にのみ残る時間と空間の感覚。7度というユニットは、「三月の5日間」というテクストを光と影と身体で演奏することで、その時その場所にいること(それはあの時代を生き、そしてこの時代を生きつつあることでもあるが)の大切さを、発信することに成功している。

赤坂太輔(映画批評家)

シネクラブ&ウェブサイトnew century new cinema主宰。1997、1999年『ポルトガル映画講座』、2012年『アルゼンチン映画の秘宮』等を開催、ペドロ・コスタ、ペーター・ネストラー、グスタボ・フォンタンらを作家特集に先駆け紹介上映。著書「フレームの外へ──現代映画のメディア批判」(森話社)、出演作にジャン=クロード・ルソー監督『晩秋』『Un monde flottant』がある。イギリスの映画雑誌sight&soundの世界映画史上ベストテン2012,2022に参加。